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お葬式の夜に決めたこと

お葬式、と言って思い出すのは、父の時です。

 

私が初めてお葬式に深くかかわった時でした。かかわったとはいえ、雑務などはほとんど母と、父の妹弟任せ。

 

私の役割と言えば、父のそばに座って泣いていることでした。

 

とうに成人を迎えた娘の役割としては、ちょっと情けないと思われるかもしれません。でも、ついていてあげたかったんです。

 

父は、死ぬときは、一人でした。真夜中にマンションから飛び降りました。

 

幸い、顏に瑕はなかったのですが、葬儀屋さんにも後頭部のくぼみを修正しきれなくて。お葬式の前に家にいるときは、たいていお布団に寝かされているものですが、後頭部を出せない父はずっと棺の中に居ました。

 

一人で、淋しかったよね。辛かったよね。たくさん苦しかったよね。気が付いてあげられなくて、ごめんね。

 

大勢の人があわただしく出入りする中、一人で仏間に寝かせられている父がかわいそうで、せめてそばについて居てあげたかったんです。

 

一人じゃないんだよ、一人で逝ってほしくなんてなかったんだよと父に言うことが、愛されて育てられた次女がしないといけないことだと思ってました。

 

お葬式の日、親戚に初めて知らされたことがあります。

 

私の母が亡くなった時、まだ小学校に上がる前だった私を引き取ろうか、と親戚が父に申し出たこと。

 

父が、自分が育てるから、と断ってくれたこと。

 

ワーカーホリックで普段家に帰るのが遅くて、今の母と再婚するまでしょっちゅう近所の家に夜中まで預けられたりしてたけど、父がかまってくれなくて淋しくて泣いたりしたこともあったけど、父も必死で私たちを育ててくれたんだ、と初めて感じました。

 

ただ、一つだけ、許せなかったことがあります。

 

娘二人の反対を押し切ってまで再婚をして、今の母を迎えた父なのに、その母を遺していったこと。お葬式での母の姿を見るのは本当につらかった。

 

そのことだけが許せなかったから、父の代わりに母を守ろう、と決めました。

 

私はそのころまで母を母と呼べず、おばちゃんと呼んでいました。十年以上育ててもらっていながら酷い娘でした。

 

だから、お葬式の終わった夜、初めて母をお母さんと呼びました。とても恥ずかしくて、なかなか言い出せなかったけれど。

 

以上が、私が父のお葬式でできたことでした。