喪服 レディース

他人が台所や居間を勝手に使い放題

いまから約20年前に、祖父が1月1日(元旦)に亡くなりました。

 

祖父は、東北地方に住んでいました。火葬場の空きスケジュールの都合上、亡くなった当日の元旦が通夜、1月2日が火葬・告別式という日程となりました。

 

当時、私は10代後半で、両親と東京で生活していました。親の兄弟も、東京で生活していましたので、元旦の夜、親戚一同で大挙して新幹線で祖父の家へ向かいました。

 

東京で生活している人の常識的な感覚では、人は病院で亡くなると、葬儀会社の葬儀会場に直行して、そこに遺体は安置されて、2日間にわたり通夜と告別式が行われるという認識でいると思います。

 

ところが、田舎の葬儀というのは、葬儀業者に依頼するのではなくて、近所の住民が主体となって葬儀が行われます。遺体は祖父の自宅に「帰宅」するのです。

 

そして、近所の住民(男も女も)が祖父の家に集まってきて葬儀の段取りが始まります。祭壇だけは、葬儀業者がやってきて設営していきましたが、他の段取りは近所の人が喪主と相談して進めていくのです。私たち親戚の者は、それを眺めていました。

 

これは、ちょっとした驚きというか、カルチャーショックでした。

 

普段付き合いのある近所の住民とはいえ、他人が自宅に入り込み、台所や居間を勝手自在に使い放題なのですから、東京人の感覚では違和感が甚だしかったです。

 

それと、なにしろ1月2日です。寒くて寒くて仕方がありませんでした。おまけに最悪なことに、天候が雪でした。

 

火葬場から帰ってきて、お墓へ納骨しに行きますが、徒歩でしたので体の芯まで凍えるような寒さでした。ホッカイロを3枚くらい体のあちこちに入れていましたが、何の役にも立ちません。ひたすら忍耐でした。

 

祖父の自宅に戻って、熱い缶コーヒーを飲んだときは生き返った気持ちがしました。